赤ちゃんを高々とかかげ「イエイ!」

 メコン河に面した町で、もぐりの観光船に乗りました。
 河口が近く既に海のような風情をたたえているので、茶色い流路のど真ん中まできて「放り込むぞ。いやなら有り金全部出せ」とすごまれたら従う他ありません。
 でも、ベトナム人のメンタリティーを信頼しました。
 費用の交渉を済ませ、大堤防の斜面をえっちらおっちら下る。非公式の存在なので、船着場でもなんでもない場所からエイ!とボートへジャンプ。
 楽しい旅が始まりました。
 島だと思ったものが実は動いていたりね。
 河の風情と比較すると、行き交うフェリーがちっぽけな存在に見えます。

 観光果樹園などお決まりコースへ案内してくれようとするので、待ったをかけます。もっと冒険をしたい。
「メコンへ流れ込む支流を遡ることは出来ますか?」
 ベトナム人二人の顔に困惑が浮かびます。
 でもなんとかやってみましょうという事になり、先ずは良さそうな支流探し。
 一ヶ所め二ヶ所めは川底が浅く、すぐ進行不能となって引き返します。
 三ヶ所めはOKでした。
 ジャングルを進むと、頭上に橋が現れたりで生活の匂いがします。
 更に進むと、赤ん坊を抱いた上半身裸のおじさんが座っていて目が合いました。
 0.5秒後、彼は愛息を高々かかげ「イエイ!」。
「ようこそ我が家の敷地へ」という大変分かりやすいメッセージでした。
 その瞬間出来るベストなことをした★という気迫まで伝わってきます。

 後から、娘三人に外国人と会う体験をさせてやろう・・という配慮だったと気づきます。
 空気を読んだ観光船スタッフが水辺にボートを寄せると、10才・7才・4才(推定)がキャーッと走り出てきました。
 たどたどしいベトナム語で自己紹介する私をニコニコ見ています。
 末っ子だけはちょっと人見知り。シャイな雰囲気になった瞬間お姉ちゃんがうしろから抱きしめ笑顔に戻りました。
 みんなみんな空気が読める方達です。
 そして噂にたがわぬ美人の国。
 土地柄当人達は全く意識していないのですが、特に真ん中の娘さんは日本なら女優確実といったところ。そのルックスでジャングルを走り回っているところに新しさを感じました。

 支流観光を終えメコン本流を横断。出発地点へ。
 堤防を今度はえっちらおっちら登ると、先ほど話をつけたマダムが立っていました。
 私の顔を見て満足度を悟ったようです。
「充分お楽しみいただけたのなら彼らにチップを」

 ベトナム人のメンタリティーを信頼して成功でした。
 勿論心から払わせていただきましたヨ ^^


【関連】

アイ・コンタクト in 南洋 (2013.11.23)

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原生花園しか受けつけなかった頃

 花壇の花を愛さなかった時代があります。かれこれ20年ほど。
 当時心を支えてくれたのが原生花園の可憐な花達。

no flower no life

 人間嫌いの自然好き。
 納得いかないような日々と気持ちを、100%自力で生きてる植物のすっくりした姿が癒してくれる。

 憧れる以上、自分の投影だったのでしょうね。
 自分で自分を楽しませ生きていく潜在力を持った私の。

 そうは思えず自信がなかったから、花を愛することに条件を付けていました。
 人の手にすがってる存在なんて!と。

no flower no life

 今は違います。
 歩道の花壇で、騒音やホコリをもろともせず咲いている花の無条件の愛が分かる。

 それは、自分を愛することに条件を付けなくなったからなのでしょう。
「全存在はあるがままで完璧」と知ったから。
 全存在には、花も私も森羅万象皆含まれる。

 この思いの【変容】が今回の転生のテーマであったと自覚しています。
 そして、ただモミクチャになるだけでなく、“狭い”時代に合わせた素晴らしい慰めも用意されていた。

 それが私にとっての原生花園です。

no flower no life

【関連】

「寂しくって嬉しい」 (2013.11.26)

自らを抑圧する悲しみが解ける風景 (2013.11.21)

「ああ、安心だ」と思った夜明け体験 (2013.11.22)

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上陸という感覚

 香港・上海・釜山と、これまで都合三回「船で新しい国に着く」体験をしました。
 連絡船で函館や高松に着く感じも同じかな。
 陸のない場所からある場所へ。
 何億年か前の先祖の感覚。膨大な未知を前にして「やるぞ」と思う。
 怖い→やるぞ の吹っ切りを、早ければかすかな陸影が見えた段階から、夕暮れ夜明けの過程の如くジワジワ進めてゆける。
 船が接岸した時はもう心の準備万端。“熟柿入国”といったところでしょうか。

 その後のプロセスも穏やかで、税関・イミグレとも国際空港よりよほどノンビリしています。そして街(ダウンタウン)に近い。
 釜山港の建物を出て地下鉄の駅までプラプラ歩いている時は、ハングルを除き海外旅行の感覚が抜けていました。家のドアから断絶なくずうっと空間がつながってる感じ。(実際つながってるのですが ^^)
 平常心で膨大な未知へ進んでゆきます。

 今度は船で沖縄へ行こうカナ。
 なんとなく過去世の血が甦ります。大航海時代の☆
 
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確かに「We did it !(俺達はやったゾ!)」だったけれど・・・

 郊外電車に乗ってサンフランシスコへ帰る際、「謝罪します」と車内アナウンスがあり、故障で「これにて運転打切り」となった事がありました。
「かわりにバスをお使いください」と放送されていたのでてっきり振替輸送の準備が整えられていると思いきや、それは日本の感覚。実質「後はお前らで探せ」という意味であったと、素寒貧とした駅前に出てから気づきました。
 夜の街角で右往左往する乗客達。
 そこに、すぐそこが終点のローカルバス登場。
 誰かがかくかくしかじか・・と訳を話すと、「ともかく全員乗れ!」と言われ、終点をぶっちぎってサンフランシスコに続く幹線道路まで私達を運んでくれました。
「Thank you driver ♥♡」
 お堅い国から来た私の目から見れば、殆ど奇跡的な柔軟対応です。会社から処罰でも受けてしまうのではないかと心配するほどに。「延長区間で事故が起きたら誰が責任を取るのか?」「そもそも路線の許認可が・・」ナドナド。
 しかし会社側はポジティブに動きました。
 Driverから連絡を受け、まず車掌の制服を着たお姉さんが登場。
「私、バス会社の人〜。サンフランシスコ行きの臨時チャーター便を走らせまぁぁす☆」
 と、高いところへ登って踊っています。
「おおおおー」とにわか観客達が喝采を浴びせたのは言うまでもありません。
 そしてお姉さんから切符を買う。
 ほどなす臨時バスが現れ、大きな橋で海を渡って目的地へ。
 郊外電車だとトンネルで海を越えることになるので、“予定外”の夜景と対面。
 車内はいいムードに包まれました。
 そこで私が「We did it !(俺達はやったゾ!)」と言うと、しばらく「We did it !」の合唱。
 達成感に酔いしれる一同。
 でもね・・・

 やはり要らないドラマだったと思うのです。
 鉄道会社からバス会社に協力要請の電話一本かければ、乗客を不安のプロセスに追い込むことはなかった筈だから。

 有事での陽気さやパワー、柔軟性&自主性を見せて貰ったのは私の収穫。
 ただ、「今も同じようなことをやってるんだろうか」とも思います。

 長らく国民皆保険の国(日本)と、オバマケアという新政策が出てくるまで自分で健康保険に入るのが当り前の当り前だった国。
 過保護・整然と、自主性・ノリ。

「両方の個性が交じり合っていけば最強♪」と感じています。


【関連】

「You, step aside(どけ)」 (2013.11.09)

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第二外国語デビューの地、タイ

「単語一個の外国語でも、街歩きにとても役立つ」
 シンガポールで得た興奮です。
 Try on(試着する)を知っていれば、May I try on ? と緊張で舌が噛んで言えなくても試着できる。

「これをアジアの他の国でもやってみよう」
 発想的にとても飛躍だったのですが、ナゼか確信がありタイに照準を定めました。
 食べ物、それも庶民食がとても美味しい国だから。
 でも植民地を体験していないので、通じる英語はYesとOKとThank youくらいとのこと。
 やはり「自分には出来る」と確信があり、本屋でBook+CDのタイ語教材を購い学習を始めました。

 複雑な表音文字は回避し、英語表記と耳ではんなりした発音をおぼえてゆきます。
 往復2時間の電車通勤を大活用。
 段々自分の中にタイ王国が入ってゆきます。

 3ヶ月後、バンコクへのフライト。
 機内でサッサとデビューを済ませてしまいたいので、タイ国際航空(TG)を選びました。
 先ずは敷居の低いところから「アローイ(美味しい)」。でも、汗が出ます。
 心優しきフライトアテンダントにはちゃんと通じました。
 調子に乗って、缶ビールを指差し「イク・アン(もう一つ)」。
 これも通じる。
 なぁーんだ楽勝だな。ハハハハハハー♪

 バンコク空港に着くと日本語を操るガイド氏が現れ、一旦緊張を解きます。
 ただ、彼の役割は送迎のワゴン車に案内するところまで。
 日本語も英語も解さない運転手氏とさし・・という展開になりました。
 車内を沈黙が支配します。
 ナゼかこの時も「私には出来る」という確信が芽生え、大胆にも長文で
「シャイ・ウエラー・プラマン・タオライ・クラップ(時間はどのくらいかかりますか?)」
 ハンドルを操る運転手氏の背中がピクンと反応し、振り返りざま
「シーシップハー」
『ああ、数字の「45」だ』と脳味噌の中でつながるまでの間、氏は私の顔をのぞきこみ続けました。
 高速道路を進みながら明らかな前方不注視。間もなくコーナーのコンクリート壁接近。
 慌てて指で「4」「5」と示し理解した旨伝え、事なきを得ました。

 ちょっと背伸びし過ぎたかな。
 でも「カオ・チャイ・レオ・クラップ(理解しました)」というフレーズも私は知っています。
 指で「4」と「5」を示すより早かった・・・
 天使と悪魔の闘いは後者が勝利し、欲が出る方向へベクトルが振れました。

 ホテルに到着し、チェックイン。
 場所柄さすがに流暢な英語で説明をしてくれます。
「カオ・チャイ・レオ・クラップ(理解しました)」
 一瞬ギョッ!!とした後、なぁーんだそっち(タイ語)か・・と苦笑いするフロント氏。
 やった ^^

 シャイモードからイタズラモードへ。
 デビュー戦の成果です。
 お陰で旅行中、大胆不敵にタイ語を喋り続けました。

「アーハーン・アライ・アローイ・ティースッ・ティーニー(ここで一番美味しいものは何ですか?)」
「コードゥー・ティトゥーク・クワニー・クラップ(もっと安いものを見せてください)」
 通勤時間中に丸覚えしたフレーズ(=自分にとっては長い一つの単語)が状況を切り開いていってくれます。

 タイの微笑みスペシャルと出会えたのもタイ語のお陰。
 オープンエアの三輪タクシーに乗車中、交差点で隣にバイク四人乗りの親子が現れたので、真ん中のおチビさんをWatchしてから
「ナーラック・ナクラップ(可愛いですね)」
 四人ともニコっと出力200%で微笑んで ^^くれました。

 そして、ベトナム語・マレー語・中国語・韓国語・ヒンディー語と“調子に乗る旅”は続いてゆきます。
 ナゼかいつも「自分には出来る」と思いながら。


【関連】

「ようこそ」が読めた♪ (2013.11.29)

椰子の木とただ酒&カラオケ (2013.11.25)

アイ・コンタクト in 南洋 (2013.11.23)

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小学四年で何度も“日本一周”

 従兄弟のお兄ちゃんに時刻表を読む楽しみを教わり、地名や国鉄(当時)の路線図が頭に入ってくると、大胆にも紙上日本一周を何度も試みるようになりました。
 文字通り、紙に乗り継ぎプランを記してゆきます。
 東北本線の電車寝台特急「はくつる」から青函連絡船。函館から釧路に向かうディーゼル特急「おおぞら」。そこから更に急行「ノサップ」に乗り継いで最東端の根室へ。
 なんか今こうして綴っていてもワクワク♪
「おおぞら」は当時、札幌始発ではなく函館始発。新夕張経由ではなく、遠まわりの富良野経由でした。食堂車も付いていて、車窓を見ながら枝豆にビール・・・ではなくサンドイッチでも食べてる自分の姿が浮かびます。

 これは後年実現しました。昼行の特急列車から食堂車が全廃される寸前に。

 また、鹿児島や稚内など時刻表で地名と漢字表記を覚えた都市は、いまだもって宿泊運のある土地です。

 持ち前の熱中力で、二十回以上“日本一周”したでしょうか。
 国鉄以外に手を出すと四国から九州に渡れることを発見したりね。

 残念ながら、連絡船や当時の特急・急行の多くはなくなってしまいましたが、自分の中にはシッカリ残っています。
 たとえ空想でもリアルだったから。その列車に乗って新しい街へ着く感じが。

 事の始まりはいつもimagination。
 成人し現実にあれこれハマり想像力が薄くなった分、当時発していた純粋なエネルギーが現在の自分も温めてくれてるように感じます。

 
【関連】

ハングルの時刻表を持って (2013.11.05)

最後は佐賀県でした。そして新たな夢 (2013.11.13)

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手書きノートで賛美歌斉唱

「主人は日本の兵隊に行って帰ってこなかった」
 日本人(私)が現れた!ということで隠居部屋から引っ張り出されてきたお婆ちゃんと友好的会話を始めたところで、ギクっとするセリフを聞きました。
 でも友好ムードは変わらず。
 一つの事実として伝えてくださったようです。

 平家の落人集落(四国)を思い出すほど山奥にある、南方系台湾先住民族の村。
 彼らが中国語を話すことも日本語を話すこともポリティカルパワーの産物。
「国語」が変わったため、孫とは会話が成立しないと教えていただきました。
 日本語を喋れて嬉しい♪という波動が伝わってきます。
 尋常小学校時代の思い出を大切にしてらっしゃる雰囲気も。
 素晴らしい先生が複数いて、お陰で私が大切にされている・・という構図です。

 別れ際、翌日曜日の礼拝に誘われました。非クリスチャン・外国人の参加も問題ないとか。
 当日村のチャペルに出向くと、牧師さんがローマ字の聖書・賛美歌を手渡してくれました。
 で、お婆ちゃんはというと、手書きのノートを手にされています。
 記されているのは、耳で聴き取った通りカタカナで表した中国語。指で文字をおいながら懸命に村人の賛美歌についていってらっしゃいます。ひと言ひと言が何を意味するかはとりあえず脇に置いておいて。

 あるがまま現実を受容する見本として、旅から月日が流れても彼女の微かな歌声が記憶に残っています。
 
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江戸・深川から遠く離れて

「お、あいつ朝から酒飲んでる。しょうがねー奴だ」

 日本語です。でも場所は、先住民族が暮らす台湾の離島。話者は老境の男性(タオ族)。
 日本人だという事で伝統的な家屋に泊めていただき、翌朝、散歩中のこと。
 半世紀以上付き合った旧友の家にずかずか入ってゆく彼の開口一番は「馬鹿野郎〜」。

 天井に頭ぶつけるほど揺れる高速船で台東港から二時間。
 太平洋の荒波に浮かぶ小さな島で、落語の世界並みに練れた日本語が使われていました。
 このTPOに「馬鹿野郎〜」より相応しいセリフって・・ないよね。

 そのあとしばらく、南洋版熊さん八っつあんのやり取りを楽しませていただきました♪
 
| 分かち合う旅 | 00:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
郷土資料館好き

 例えば「炭鉱地帯の炭住の暮らしを知る」など、郷土資料館ならではのリアリティーを愛好しています。
 風土記(8世紀)に記された出雲の自然・産物・信仰。沖縄離島の暮らし。塩の道の果たした役割。奥会津の自然。ナマハゲ来襲の夜。鑑真が上陸した浜。民話。江戸前海苔の養殖。麻糸作り。難波宮。サンクチュアリの水鳥・昆虫・植物。南部曲り家。鎖国時代の貿易。治水と河川付け換え。醤油作り事始め。
 土地ごとのテーマにいつもワクワク。
 この世に来て(今回の転生で)体験したかった事の一つであるのは間違いありません。
 費用は無料〜700円くらい。ただ歩いて見てまわるだけ。いい事づくめ♪

 ただ、サービス欲溢れるスタッフの方につかまった時はちょっと苦労するかな。
 自分の関心が普遍的でない事に気づかされる。
 標準コースのお喋りを「これも」「これについても」とお聞かせ願ってる内、全然楽しくなくなってくる。
 しばらくの間一人黙って(そこにジーっとして)見ていたいものがあっても、実質許していただけなかったりね。
 アパレルの接客進化がたどって来た道を、ちょっと後追いしてゆくのでしょう。
 来館者ゼロの日も少なくないんだろうなあ〜という雰囲気の資料館では、「待ってました!!!」という心の声が聞こえたりするんですよ ^^

 その気持ちを汲みつつ、最近は「一人で見てまわりたいです」とハッキリ意志表示できるようになりました。
「本当に?」と念押しされても、キッパリ「はい☆」。
「ああ、このお客さん損してるなあ」という表情をされる場合もありますが、それより自分の非普遍的な関心優先。
 実際、訪問後も長く印象に残る展示はゼロか二、三品。ピンときたものは一期一会なので、時間配分を脇に置きその空気感まで味わわねば勿体ない。

 より深く知りたいことができた際、先ほど「一人で見てまわりたいです」と伝えた人にテレっと質問しに行ければ尚ベター。
 相手の熱意も尊重し、心理的対立ゼロで「No」を伝える。罪悪感を残さず最初のやり取りを終える。・・ここらあたりがMyスピリチュアルトレーニングと考えています。
 
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クリスマスのバーベキュー (南半球・NZ)

 南半球にあるニュージーランドのクリスマスは、冬的な要素と夏的な要素の両方が混在しています。
 窓外に燦々と陽が降り注ぐ部屋で、サンタさんが雪中を行くTV-CMを見ていたり。チャペル前に整列した聖歌隊が歌う「主は来ませり」を、汗をかきかき聴いていたり。
 イブの料理は、家庭ごと『伝統的な七面鳥ローストで』『夏らしくバーベキューで』のどちらかに分かれるそうです。
 私が体験したのは後者。
 ただ、日本でいうところのバーベキューとはちょっと異なっていました。
“父権”が確立しているのです。
 みんなでワイワイつつくのではなく、パパがうやうやしく家族全員にサーブしてくれる。
 パパの男性性が特に必要だった開拓時代の流れを引き継いでいるのでしょう。
 つまりよく働く。一番働く。他の家族はニコニコ見ている。
 たとえば親戚の会合等で(若い夫婦の集まりでも)、はたらくのは皆女性。男は基本なんもせん・・・というコンセンサス(?)の国から来た身には新鮮です。
 同時に、「もちょっと自由にやらせて欲しいカナ」とも思う。

 ステイさせていただいていたFamilyの娘さんも同じ気持ちだったのでしょう。
 一同ワインがまわるにつれて、伝統的/形式的な雰囲気に風穴をあけだしました。
 パパのお茶目な面を話題にしたり、井戸端会議的なムードを持ち込んだり。
 ママも乗ってきます。
 近所の誰さんがこうで、あの人はこんな事をして・・と。

  母:「※※さん家では、男性は皆裸でバーベキューを楽しむんですって」
 一同:「おおおー」
  娘:「サーブ係も?」
  母:「うん」
  娘:「じゃ、ソーセージのバーベキューができちゃうね」
 一同:「おおおおおおー」

 伝統はすっかり吹き飛んでいました。
 
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