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【人生の魔法】-221 痛んだ後、立ち直る
 
 寂しくて痛んで、痛んで、痛んで、「では、この痛んでいる人は誰?」と思うと転機が訪れます。
 これまでは寂しさや痛みの原因、癒してくれるであろうものも外(の世界)に求めていたのですが、一転、視線が内側に向かう。
 そこに誰もいらっしゃらないってことはありません。
 中の人は静かに呼吸されておられます。
 寂しさや挫折を演出したのもこの中の人。イコール魂。
「いつまでも分離していられない」と仕組んだのでした。

 外の世界に向かっていた視線を反転させるには、コテンパンにやられる必要あり。
 中途半端だと、「まだまだ」と執着で頑張ってしまいます。
 昨日までの延長線たる明日が続くものととらえ、武装に武装を重ねる。
 それゆえショック療法を仕掛ける魂。
 執着をぶっ壊すハードランディングです。
 世間ではこれを「中年の危機」と呼んだりしますね。(スポーツ選手のケガも同文脈)

「では、この痛んでいる人は誰?」

 魔法が起きます☆
 大らかさ・エネルギー・愛・Joyといったものにアクセスする。
 自我/エゴ単独では持ち得なかったもの。
 人生にはやはり必要な諸力。
 魂は、早く差し上げたくて仕方なかったのです。
 内側に視線を反転させた自我/エゴは魂とコネクトし、大らかさ・エネルギー・愛・Joyを受け取る。
 メデタシメデタシ。

 後は痛んでいる必要もないので、速やかにフラットな状態へ復します。
 前とすっかり同じようでいて、どこか違う。
 必要な諸力を持たされたから。
 魂とのコネクトが維持されていれば、どんどん更新されてゆき古びません。
 もし古びてしまったら・・・もう一度ハードランディングがあるのかもしれませんネ。

 でも、心配には及びません。
「もうあかん」というところまで脱力したら魔法が起きると、体でおぼえているから。
 派手に痛んだら派手に立ち直ると学んだから。

 あとは心を静かにして、魂からのプレゼントを待つばかり♡



| 【人生の魔法】 | 00:46 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
もうコテンパンだと思っているのに、
まだ痛みが足りないのかな?
「誰?」って問うても問うても痛いって言う「私」がいて、
無くなりたいのに、朝になったらまた「私」が続いていて、
楽になれる「私」もいないのに?って頭でしか解かっていないことを言い出す。
ほんと降参なのに。
| okapi | 2016/12/20 3:07 PM |
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